尾崎 紀夫 スペシャルインタビュー

病名が同じでも、症状や経過は1人ひとり異なる。 ルーセントジェイズクリニック 顧問 尾崎紀夫 病名が同じでも、症状や経過は1人ひとり異なる。 ルーセントジェイズクリニック 顧問 尾崎紀夫

精神疾病は国の5大疾病のひとつ

日本では、うつ病などの精神障害の患者さんが増えているようです。

はい。精神障害の患者さんの数は2000年前後から増えました。その結果を受けて、厚労省は「がん」「脳卒中」「心臓病」「糖尿病」を「4大疾病」と位置づけ、重点的に対策に取り組んできましが、2011年に精神障害が加わり、「5大疾病」として取り組むようになりました。現在、300万人を超える、精神障害の患者さんが通院・入院しており、その数は4大疾病を上回っています。

ここで重要なのは、ただ患者さんの数が多いから重要疾病に加わったのではないということです。精神障害は、他の4疾病と異なり、直接的な死因には繫がることは少ないのですが、患者さんご本人に大きな苦痛をもたらし、就学も就労も困難になっておられる方が多くいらっしゃいます。WHOの報告によれば、障害調整生存年数(DALY)(注)の上位を占めるのは精神障害です。こうしたことから、医療行政、医学が最も熱心に取り組むべき疾患として、精神障害が位置づけられています。

精神障害を含む「障害」について尾崎先生はどのように捉えていらっしゃいますか。

障害は「知的」「身体」「精神」の3つに大きく分けられますが、そもそもこれらを障害と1つにくくってしまうことに問題があると思っています。英語では、視覚障害や運動障害などの「身体障害」はいずれも「disability(障害)」ですが、「精神障害」は「disorder(障害)」で、異なるものとして捉えています。ところが日本では3つとも「障害」と同じ用語になっているため、混乱が生じています。精神障害は、「目が見えなくなる」「足が動かなくなる」などの身体障害と同じように、元に戻らない障害とされ「あのひとは一生治らない」「ずっと仕事もできそうにない」といったレッテルを貼られてしまう場合もあります。

さらに精神障害は、症状があるだけで、診断されるわけではありません。例えば、「気持ちが落ち込む=うつ病」ではなく、何も楽しくないので、一旦落ち込んだ気持ちが切り替わらず、不眠や食欲不振といった他の症状が出て、その結果、その人が本来持っていた力が損なわれて初めて「うつ病」と定義(診断)されます。症状があっても仕事をするなど機能が発揮できていれば「治っている」といえるのです。ということは、精神障害の治療目標は、症状の改善と同時に、その方の機能の回復にあります。

精神障害が「元に戻らない障害」とされる大きな誤解

医師や従事者に求められることはどんなことだとお考えですか。

同じ診断病名であっても、患者さん一人一人、ご本人が困っている点や、置かれている環境が異なることを十分に理解した上で対応しなければいけません。患者さんの個別性を考えた対応をするには、患者さんの想いを十分に踏まえながら、医療情報(エビデンス)を重視する姿勢と同時に、医療者の経験が不可欠です。論文や書物に、「◯◯の治療や薬で◯人の患者さんがよくなった」という情報があっても、目の前にいる患者さんに、その情報がそのまま当てはまるとは限りません。患者さんが就労中か、家庭のサポートはどうか、そういった点を含めて個別化をして、医療情報とこれまでの経験を踏まえた方針と、患者さんの想いを擦り合わせながら治療の方策を立てることが重要です。

リワークセンターに求められる役目

尾崎先生は、リワークセンターの礎としての役割を担う「リワーク研究会」の発起人の1人でもいらっしゃいます。
この研究会の活動についてお聞かせください。

既にお話ししましたが、精神障害の治療目標は、症状の改善と機能の回復にあるのですが、2008年頃から精神的な問題で休職する方が増え、さらに長期化していることが問題視されるようになりました。この長期化している休職者の方々を、外来で治療しているだけでは、復職、即ち機能の回復をはかることが難しい場合があります。そこで、復職に向けた医療の枠組みが必要となり、職場復帰支援プログラムを持つ全国10医療機関が中心となって、臨床経験をシェアする場を持つようになりました。

これを母体として2012年に発足したのが「リワーク研究会」です。現在は、より良い治療の提供を目指し、リワークに関する研究活動と普及啓発活動を進めています。初心者向け、経験者向けに講習会も開いており、後者ではグループディスカッションを通じて、検討する場なども設けています。

ルーセントジェイズクリニックの顧問として、どのようなことを感じていらっしゃいますか。

復職を目指した対応策は、多くの人が働く職場と同様、人との関係性のなかで検討すべきですが、外来は医師と患者の一対一の関係性しかありません。ですから私自身、産業医としての活動などを通じて、リワークセンターのような復職への道筋をつけることができる医療機関の必要性を早くから感じていました。

しかし、急性期医療に特化する名古屋大学医学部附属病院にリワークセンターを開設することは難しいのが実情です。ルーセントジェイズクリニックのリワークセンターで、スタッフの方々とさまざまな経験をシェアしながら多くを学んでいます。

リワークセンターに求められる役目 写真1

リワークセンターに求められる役目 写真2

最後に、医療従事者と患者さんにメッセージをお願いします。

まず医療従事者には、医療の経験を積むとともに、質の良い医療情報を知り、さらに患者さんの想いを踏まえ、個別性を重視した対応をしていただきたいと思います。そのためには、ご自身の医療に対する「興味と関心」を持つこと。患者さんのことを知りたいという気持ちがなければ、個別的対応の実践には繋がりません。

「医療について本当に役立つことを知り、実践したい」という気持ちが、基本です。
また患者さんには、「とりあえず会社から行ってこいと言われたから」とリワークセンターに受け身で通うのではなく、ご自身の目標を明確にして職場復帰を目指して頂きたいと思います。

(注)
障害調整生存年数(DALY):「病気で減じた命の年数」+「障害で損なわれた健康生活」

名古屋大学大学院
医学系研究科精神医学分野・
親と子どもの心療学分野教授

尾崎紀夫

プロフィール

1982年名古屋大学医学部卒業。中京病院研修医、名古屋大学医学部附属病院精神科、中部労災病院精神科勤務を経て、米国・国立精神保健研究所にて5年間勤務。帰国後、藤田保健衛生大学医学部精神医学教室講師、同教授を経て、2003年、名古屋大学大学院医学系研究科精神医学分野・親と子どもの心療学分野教授に就任、現在に至る。日本うつ病学会(理事長)、うつ病リワーク研究会(世話人)などの学会に役員として関与。
心、脳、身体の回復をお手伝いし、患者さん・ご家族のニーズにあった医療の実現を目指している。